2006/7/18


boring , boring

飯が旨い事以外、本当にいい所が無かったアンマンを後にし、ペトラ遺跡への基点となる町、ワディ・ムーサにやって来ました。乾いた大地のど真ん中にあるこの町からペトラ遺跡までは車で10分程度の距離。その姿をまだ見る事が出来ませんが、中東旅行で僕が最も楽しみにしていたペトラ遺跡はもう目と鼻の先です。

そして今日から僕とタクミ君、韓国人の女の子、ヨンヒによる愉快な3人旅が始まりました。タクミ君とはイスタンブールで出会って以来、行く先々で顔を合わせており、また会うのも面倒だからいい加減一緒に行くかと、いう感じなりました。一方、ヨンヒとはアンマンのクリフホテルで出会いました。22歳の彼女はいつも「ボーリン、ボーリン(退屈だ退屈だ)」と言いながら僕やタクミ君の後を付いて回り、話をしていると結構面白いのでいつの間にか仲良くなっていました。8月3日にカイロからオーストリアに飛び、そこから何と日本に向うと言う彼女も次の目的地が僕等と同じという事で一緒に行く事になりました。


タクミ君とサーメル

チェックアウト時間の12時に部屋を出て、3人ともバラバラでロビーでダラダラしたり、ご飯を食ったり、ネットをやっていたりしたら2時過ぎになってしまいました。とは言え移動は3時間。今日は宿に泊まるだけで一日が終わるので僕もタクミ君も急ごうとせず適当に時間を過ごしていた為、ようやく3人がロビーに揃った時にはヨンヒが「ボーリン、ボーリン」と怒っていました。

アンマンのクリフホテルでの滞在は中々思い出深い物になりました。街は退屈だったけど、このホテルのおかげで救われた様な気がします。クリフホテルはバックパッカーの間でかなり有名なホテルで、ここで働くサーメルという兄ちゃんは恐らく世界一有名なゲストハウスの従業員だと思われます。僕は彼の名を世界各国で出会った日本人バックパッカーから聞き、情報ノート等でも度々その名を見かけていました。

「とにかく滅茶苦茶いいヤツ」

彼に関する情報はどこで聞いてもこの言葉しかありませんでした。そして実際に会ってみてまさにその一言に尽きると心からそう感じました。10年以上もクリフホテルで働いているサーメルはとても働き者で、凄く親切。僕等がロビーでダラダラしているとスルスルと近寄ってきて「Do you want Nescafe?」と聞いてきます。断っても頼むから飲んでと言わんばかりに何度も聞いてきて、僕も何度か飲ませてもらいました。しかしこのNescafeは実は有料でそのお金はサーメルが自分のポケットマネーで払っているそうです。これ以外にも死海の化粧品を頼めばわざわざタクシーで知り合いの問屋まで買いに行き格安で売ってくれたり、一緒に昼ご飯に行けば必ずご馳走してくれるという超親切なヨルダン人なのです。と言っても決して金持ちという訳では無く、4人もいるこのホテルのオーナーの下で一人でホテルの全雑用をこなしています。寝床はロビーのソファー。みんなが遅くまでロビーで話いてると、眠そうな顔でいつまでも待っていてくれます。

そんなサーメルの唯一の楽しみはカードゲームの「UNO」。毎晩夜になるとカードを持って僕等を誘い、集まりが悪い時は部屋まで呼びに来ます。僕等はいつもお世話になっている分、断らずに参加するのですが、UNOとなると人格が変貌するサーメルは隣にいる人のカードやラスト一枚の人のカードを強引に奪ってみんなに見せたりかなりたちの悪いイカサマをします。しかしこのイカサマで場は多いに盛り上がり、実はそれ程面白くないUNOが毎晩の楽しい日課になっていました。

ブルガリアで出会ったジャーナリストの森さんはこの宿に3ヶ月も滞在していたらしく、クリフホテルに行ったらサーメルによろしく伝えてくれと頼まれていました。僕がサーメルにその事を伝え、森さんが自分の書いた本をサーメルに送ると言ったら滅茶苦茶喜んでいました。

通り過ぎるだけの旅人誰もに優しく、死海やバスターミナルの行き方を何千回尋ねられても親切にメモまで書いてくれるサーメルは間違いなく世界一のホテルマンだと思います。いくらダニに咬まれても宿を代える気になれなかったのは彼がこのホテルに居たからでした。

さらばサーメル!いつか自分のホテルを持てる日が来る事を祈っています。


楽しいバスの旅は続く

いつもマイペースで適当にやっている僕とタクミ君、そしてやたらハイテンションなヨンヒの3人組は中々面白く、英語と韓国語と日本語を滅茶苦茶にして会話をしています。僕とタクミ君はこれから日本に向うヨンヒの為に日々超実用的な若者会話を教え込んでいるのですが、如何せん物覚えが悪く知っている単語はごく僅か。それでも何かと通じ合い満席のバスの中で大騒ぎしていると、そこにアラビア語しか話せない兄ちゃんまで加わって訳の分からない盛り上がりを見せていました。


Petra

こうして夕方、辿り着いたペトラ遺跡の手前の町、ワディー・ムーサはこれと言って何も無い小さな砂漠の村でした。しかしペトラ遺跡がある事で物価がやや高い。全員貧乏一直線で意見が一致している僕等は近所の安食堂で食事を済ませ、明日の遺跡見物用の食料を買い込み早めに宿に戻りました。ヨンヒは買い物に寄った商店で2回も忘れ物をし、一人で取りに戻った途中で転倒したそうです。

「スライディングよ〜!!」

と怒りながら帰って来ました。そんな彼女は今日「気をつけて」という単語を覚えました。