2006/6/9


13カ国目、ボスニア・ヘルツェコウ゛ィナ入国!

朝8時。最終日にしてようやく晴れたドブロブニクの町を後にし、次の目的地、ボスニア・ヘルツェコウ゛ィナのモスタルへ向うバスに乗込みました。ドブロクニクからモスタルを経由してサラエウ゛ォへ向うバスのルートは頻繁に観光客が行き来しているので、出入国の手続きは至って簡単。車内で集めたパスポートを乗務員がイミグレへ持っていくとアッという間にスタンプが押され手元に戻ってきました。

13カ国目、ボスニア・ヘルツェコウ゛ィナ入国!

そして出発から僅か4時間でモスタルへ到着。例の如くバスを降りると、早速、プライベートルームの客引きをするおばちゃん達が群がって来ました。僕はまだこの国の通貨も持っていなかったし、物価も良く分かっていなかったのですが、おばちゃん達は皆、ユーロで値段を言ってくるので取りあえず最も安かった8ユーロを提示して来たおばちゃんに着いて行く事にしました。

おばちゃんが向ったのはバスターミナルの僅か1分、隣あるマンションでした。案内されたのはもちろんおばちゃんの家。そこにある1室が僕の部屋。どうせ1泊だし、この国ではどこもこんな感じだろう。これだけバスターミナルに近ければ明日の移動も楽なのであっさりとここに決めました。


ただの家。1泊16マルク(1100円)

ボスニア・ヘルツェコビナの通過はコンベルティビルナ・マルカ。しかしこの国では(ここでは?)ユーロも普通に使える様で、物の値段は全てユーロとマルカの二重表記になっています。1ユーロが約2マルカ。という事で1マルカは約70円。コーラ1本、コーヒー1杯が1マルカ。

ジワジワと旅がし易くなってきました。

僕がこの町で観たい物はモスタルの観光の目玉、町のシンボルにも奇麗な石橋と、町に残る戦争の傷跡でした。既にその様子はバスからも確認する事が出来たのですが、実際に歩いてみるとその悲惨さは目を見張る物がありました。

と、その前に…

世界情勢に滅法疎い僕は、つい最近までこの辺りの国々の事情について全く知りませんでした。旧ユーゴスラビアやコソボ紛争と言われても、その単語を聞いた事がある程度で、実際の所はそれがどこに有るかも良く分からない状態。しかしここに来て何度もガイドブックを読み返し、何となくの状況が分かって来ました。

ボスニア・ヘルツェコビナを始めこの周辺の国々が、何故、この様な状態になってしまったのか?を知ってから今後の日記を読んで頂いた方がいいと思うので、ここで簡単にご説明します。

と言ってもほぼガイドブックの丸写し…