2006/6/11


今日のサラエボ

残念ながら今日のサラエボも雨模様。しかも吐く息が白くなる程外は寒い。実は昨日からこの寒さに悩まされており、そこに一日中、薄暗いサラエボの街とヨーロッパに来てから全く感じる事がなかった人々の冷たい視線が加わり、この街に来てから強烈にテンションが下がっています。

こんな時は早く街を出よう…

いつまでもここに居たらその内体調を崩しそうなので、とっと観光を済ませて明日の朝イチでセルビア・モンテネグロに向う事にしました。

そんな訳で今日は小雨のパラつく中、ガイドブックに載っているサラエボの観光スポットを一通り回ってきました。この街の見所ははっきり言ってあまりありません。一応、旧市街そのものが観光の目玉の様になっている様ですが、お土産屋とレストランばかりで30分も歩けば飽きてしまいます。それ以外は戦争に絡んだ場所がいくつか。僕はそっちの方に興味があったのでそれらのスポットに行ってみました。


国立図書館

まずやって来たのは旧市街の端にある国立図書館。オーストリア=ハンガリー帝国時代に市役所として建設され、のちに図書館となった建物で、その美しさからサラエボのシンボルとして人々に愛されていたそうです。しかし1992年に砲撃を受け建物は外壁だけを残し全焼。蔵書の殆どは燃えてしまいました。現在、修復工事が行われている様ですが中には入れず。

まあ普通の奇麗な建物です。


ラティンスキー橋

かつてボスニアはハプスブルグ帝国(オーストリア=ハンガリー帝国)の支配下に置かれていました。しかし1914年8月28日、ボスニア解放を目指すゲリラ組織のメンバーが、サラエボを訪問中だったハプスブルグ帝国皇太子夫妻をこの橋の上で暗殺。犯人がセルビア人だった事からハプスブルグ帝国はセルビアに対して宣戦布告し、第一次世界大戦が勃発しました。

歴史を変える大事件が起こった現場だけに、かつては橋の近くに事件を解説する博物館があったり、橋の上に皇太子を狙った位置を示す靴跡や碑板があったようですが、暗殺犯がセルビア人だった為、紛争が始まると同時にそれらは全て閉鎖、撤去され、当時は暗殺犯の名が橋に付けられていましたが、それも変更されてしまいました。

要するに今は普通の橋です。


新市街に残る廃墟

サラエボは今でもクロアチア人、ムスリム人が住む地域と、セルビア人が住む地域が別れています。ハッキリとした境界線が引かれている訳ではありませんが、バスターミナルもボスニア・ヘルツィコビナ連邦側とセルビア人共和国側という様に分けられています。

戦闘が最も激しかったのは旧市街ではなく、大通りに高層ビルが並ぶこの街の新市街。観光客が殆ど訪れないこちら側にはまだたくさんの廃墟が残っており、大きなビルがあちこちで無惨な姿をさらしていました。


スナイパー通り

新市街のド真中を走るこの大通りはかつてスナイパー通りと呼ばれていました。紛争中、この通りを歩く全ての人、動く全ての物は高層ビルに潜んだセルビア人狙撃兵の標的になったそうです。通り沿いの建物には多くの銃痕が残っています。この通りに建つホリデー・イン(写真左下)は紛争中も営業しており、世界中のジャーナリストのたまり場になっていました。

今では真中に路面電車が走り、車も人も一日中、絶える事が無いこの通り。ここが完全に静まり返っていたのを想像するだけでゾッとしました。


サラエボ冬期五輪施設

サラエボでは1984年に冬期オリンピックが行われましたが、その際、使用された施設は紛争の時に殆ど破壊されてしまいました。僕が訪れたアイスアリーナ・ゼトラは砲撃により廃墟と化し、一時は基地としても使われていたそうです。今は修復されコンサートやサッカーの試合などに使われているそうですが、この周りにある練習グランドは一面、お墓になっています。紛争中は犠牲者を運ぶ事すら出来ず、埋葬する場所も無かった為、ここに埋葬されたそうです。

スタジアムの手前では大きなマーケットが開かれていていました。あらゆる物が売られ、多くの人々で賑わっていました。修復されたとは言えボロボロのアリーナと果てし無く広がる墓地。そのすぐ横で今も暮らす人々。街がいくら復興していても何となく活気が感じられないのは、彼らの生活のすぐ近くにまだ戦争という悲しい過去が存在しているからなのかなと思いました。


ユダヤ人博物館

最後に旧市街の中にあるユダヤ人博物館に行ってみました。何となく興味があったので覗いてみただけなのですが、ユダヤ教の教会を改築して作ったこの博物館は天井から馬鹿デカイ本が鎖で吊ってあったりして妖しげな雰囲気に包まれていました。

こうして一日中、街を歩いて行きたい場所は人通り回ってきました。雨が降ったり止んだりで夕方からは本降りになっています。そして寒い。サラエボには可愛い女の子が多いと言う事以外、観ていて楽しい物が殆どありません。どんよりと曇った空。旧市街のど真ん中以外は人も殆ど歩いておらず、どの通りもひっそりとしています。戦争の傷跡を観てくるぜ!!と、意気込んでボスニアにやって来たのですが、この街に来て強烈にパワーを吸い取られてしまった様な気分です。

明日は移動日。朝イチのバスでボスニアを脱出します。