2006/4/19

今日は僕の隣の部屋に住んでいたユウキ君が1年間の旅を終え、日本に帰る日でした。

ダイチ君の一件以来、飛行機は「たまに乗れない事もある」という嫌なイメージを植え付けられてしまったので、ユウキ君はこの日の為に旅行会社やインターネットを使って念入りにリサーチを行っていました。

とは言え、普通の人は帰れるので彼は問題なく日本へ帰れると思います。
ダイチ君が特別すぎるのです。

しかし運悪く日本へ帰る事が出来なかった彼も、それが自分のミスではない事を証明する為に昨日から動き始めています。チケットを買った旅行会社や日本大使館へ行って事実関係を明らかにしようと頑張っている様ですが、まだ解決に向けた大きな進展は無い様です。慣れないアルゼンチンで大きな会社や行政機関を相手に交渉事をするのは本当に大変だと思いますが、自分が納得してから日本へ帰りたいと言う彼を、やはり僕は見送ってからヨーロッパへ飛び立ちたいと思いました。

ビクトリアホテルに合計2ヶ月近くも根を張っていたユウキ君の送別会は、ほぼ2日間連続で行われました。空港へ向うのが夕方6時と余裕があったので、昨夜はダイチ君と三人で明け方まで、今日はそこにいつものメンバーも加わって出発ギリギリまで。フラフラでタクシーに乗込んだユウキ君を見送った僕等も夕方6時の段階でフラフラに酔っぱらっていました。

今日は素面の時間が何時間あったのだろうか?

この場所で二人の旅人を見送ったハズなのに、その内の一人は僕の隣でユウキ君を見送っていました。本当ならあり得ないという事を誰よりも分かっているのはダイチ君本人だったと思います。

こうしてその後も宴は夜遅くまで続き、アッという間に一日が終っていました。ユウキ君が抜けた事で少しだけビクトリアホテルが静かになりました。

ブエノスアイレスはエアチケットが安く買えるので、多くの旅人がこの街を南米旅行の出入り口として利用しています。次はこの宿にユウキ君以上に長く沈没していたタカさんと言う旅人が、スペインへ向け旅立ちます。出発は24日。これからは移動型に戻る!といつも言っていますが、本当に戻れるの?と冗談で言われているくらい、この宿にはかなりお世話になっていた様です。

そしてその後はダイチ君・・・いや、もしかしたら僕の方が早いかな?

ヨーロッパ出発まで、あと12日。