2006/3/30


雨のサンタクルス

気の遠くなる様なバスの旅を経て、2回目のボリビア、サンタクルスへ戻って来ました。本当に果てし無く遠かったボリビア。20時半にアスンションを出発したバスは、やはりエアコン無しのオンボロバスでした。チョット期待して長ズボンを履いて来てしまった僕を乗せたバスは、3回の故障を乗り越え、30時間後にサンタクルスのバスターミナルへ辿り着きました。着いた時には運転手も乗客もバスもみんなヘロヘロ状態。恐らくこのルートが最も早いのでバスが走っているのですが、こんな路線をよく毎日運行しているなあと感心してしまいました。


イミグレ兼レストラン

朝の4時にパラグアイのイミグレとレストランが合体した様な所でスタンプをもらいました。しかし、ここから先は未舗装のガタガタ、グチャグチャの泥道をどれだけ走ってもボリビアは見えてきませんでした。途中で3回も車が動かなくなり、その度に外へ出されハエだらけのジャングルの中で何時間も待たされました。


何がどうおかしくなったのかは最後まで分かりませんでした

恐らくこんな事は日常茶飯事でバスの中にもある程度の食料が積み込んでありました。しかし後半はそれも尽きて、夜の10過ぎにボリビア側の村に着いた時にはみんな屋台まで猛ダッシュしていました。途中で食べる時間があるのかと完全に舐めていた僕は二リットルの水とクラッカーしか持っていませんでした。更に唯一の食料であったクラッカーをジャングルのど真ん中にある村に着いた時、ボロボロの服を来て、食べ物をねだってきた子供達にあげてしまい、後で人ごとでは無い事態に陥ってしまいました。


国境まで20時間。

結局サンタクルスに着いたのは午前3時半。しかもバスが遅れた影響でボリビア側のイミグレが閉まってしまい、僕等はスタンプを貰わずにここまで来てしまいました。翌朝8時にバス会社のオフォスに集合という事になり、今朝行ってみると今度は集めたパスポートを3時に取り来いという事になりました。僕はこの街には一度来ているのでここはもうひと頑張りして今夜も移動する予定でした。なので夕方発のスクレ行きのバスッチケットを買い、3時にパスポトーを取りにバス会社の行くと今度は明日の9時だと言う最悪の結論を聞かされました。ホテルを用意しろと言っても当然そんな事をこの国の人々がしてくれる訳でも無く、一応紹介だけはしてくれたターミナル近くの安宿に、この一連のドタバタのうちに仲良くなったペルー人のバックパッカー夫婦と一緒にもう一泊する事になりました。まあ仕方が無い。だって僕はパスポートを持っていない。この事で完全に開き直ってセントロの方へ出かけ、帰りがけに諦めていた「れすとらんケン」に行く事にしました。

しかし、セントロへ向うバスに乗って降りるタイミングを見計らっていたら、段々と街を離れて行ってしまい、気付は一時間近くもバスに乗っていました。奇麗なサンタクルスの街並はいつの間には見えなくなり、段々と危なそうな郊外へ。しかし見た事も無い貧しい村の様子が途中から面白くなってしまい、帰れるだけのお金と電子辞書と会話帳がリュックの中にある事を確認して、こうなったら最後まで行ってやる事にしました。


名も知らぬ村

帰りは同じバスにもう一度乗って本当は10分で着くセントロへ2時間かかって到着しました。見たことのある景色にようやく辿り着いたとき、思わずホッとしました。前に来た時はダイチ君と一緒だったサンタクルスのセントロは、前と同じ様に観光客や地元の人々で賑わっていました。しかし肌に感じる風は前より格段に冷たくなっていました。もうすぐ南米の夏が終わろうとしています。その前にパタゴニアまでに辿り着けるだろうか?ここからは本当に急がなければならないと思いました。


夏が終わろうとしている…

帰りがけによった「レストランけん」は何と休みでした。今日はこれでもかというくらい上手く行かない一日。しかしターミナルの近くでレストランを探しているといきなりボリビア人3人組に話しかけられ、しかも一人は日本語がペラペラ。大阪で3年働いていたというこの兄ちゃん達に連れられちゃっかりごちそうしてもらいました。これまで地元の人が集う場所でいつもご飯を食べていますが、もうすぐ5ヶ月になる旅の中で奢ってもらうのは初めての経験でした。最後の最後で救われた…今日はそんな一日でした。

明日こそはパスポートが返ってきます様に。