2006/1/9

明日は朝6時の飛行機でペルーに向うので、実質的に今日がグアテマラ最終日。僕らは昼過ぎに出る、グアテマラシティー行きのチキンバスに乗り、再びあのデンジャラスな首都へ向いました。

本当はグアテマラシティーには泊まりたく無かったし、早朝にこの街でタクシーが拾えるのかも分からなかったので、隣街のアンティグアに泊まろうかと思っていました。しかし、エリベルトが先日、ティカル遺跡で出会ったグアテマラ人、マリオに連絡をすると、家に泊まらせてくれるという事になり、僕らはマリオの家に向う事にしました。

実はティカル遺跡でマリオにあった時、エリベルトは彼のテントにカメラを忘れて来ており、それもちゃんと預かっていてくれていると言う事でした。現地人の家に泊まるのは今回が初めて。とてもワクワクしていたし、最後の最後で全てがいい方向に進んでくれた様な気がして何だか凄く嬉しかったです。

サンペドロ村からぎゅうぎゅう詰めのバスに揺られ5時間。今日は最後まで椅子に座る事も出来ず本当にキツい移動でした。僕はグアテマラのこのバスが本当に苦手です。座席は狭いし、窓は隙間だらけで風がびゅうびゅう入ってくるし、車内はオイル臭く変な匂いがする。そして、何より運転手がみんな飛ばしまくるのでゆっくり寝る事なんてとても出来ない。今日も何度も気持ち悪くなりながら、とにかくバスが無事に着く事だけを祈っていました。

グアテマラシティーに着いたのが午後6時。マリオの家で7時に会う約束をしていたので計算通りの到着。いつ来ても来なければ良かった思ってしまう程、物騒なグアテマラシティー。日が暮れ始めていた事もあってその物騒度は更に増していました。タクシーでマリオの家に向おうと思っていたのですが、思ったより家が遠く、値段が高かったのでどうしようか迷っていると、同じバスに乗っていたグアテマラ人の若者が自分の家までのタクシー代を払ってくれればそこから車で送ってくれると申し出てくれました。彼はサンペドロで同じ宿に泊まっており、顔見知りだったので僕らは彼に着いていく事にしました。

彼はグアテマラシティーでコンピューター関係の仕事をしていて、週末になると物価も安く安全なサンペドロに行き、遊んでいるそうです。彼の話によるとグアテマラシティーは本当に危な過ぎてまともに夜遊びも出来ないそうです。デンジャラス地帯に住む普通の市民はひと家族につき、毎週500ケツァール(7000円)を地元のマフィアに払い、身の安全をお金で買っているというとんでもない話を聞きました。もし、払わなければアッという間に銃で撃たれ殺されてしまうそうです。

本当にグアテマラシティーではクレイジーな事が毎晩の様に起きている。普通の人々は偶然知り合った人を快く車に乗せてくれる程、良い人達ばかりなのに。

マリオは一体、どんな所に住んでいるのかも分からなかったので内心かなりドキドキしていましたが、1時間程、色々な人に道を尋ねながら辿り着いたマリオの家は意外にもグアテマラシティーの中でもかなり裕福な人々が暮らす安全な場所でした。そして、家はとても大きく奇麗な所でした。僕はマリオもてっきりあのダークな街で苦労しながら生活しているとばかり思っていたので、正直ビックリしました。そして、彼に対してそういう偏見を持っていた自分を恥ずかしく思いました。

マリオは親切にも明日の早朝のタクシーの迎えもしっかり頼んでくれ、ハラペコの僕らを盛大にもてなしてくれました。エリベルトのカメラも無事に戻って来たし、本当に最高の形でグアテマラ最後の夜を過ごす事が出来ました。偶然が偶然を呼び辿り着いたマリオの家。僕は本当に色々な人に迷惑をかけながら、助けられながら旅をしているんだなとつくづく感じました。

グアテマラでの旅はいい意味で色々な事を考えさせられる旅でした。国境越えのドタバタから始まって、初めての体調不良。リビングストーンでの年越し。みんなで行ったティカル遺跡。美しい湖で出会った数々の美しい風景。そして、最後は初日の出登山。一人の寂しさ。みんなといる楽しさ。一つの大きな旅の醍醐味を全て詰め込んだ様な旅でした。僕がこの国で一番好きな場所は何と言っても、アティトラン湖です。あんなに奇麗な湖は今まで見た事が無かったし、そこで生きる先住民族の人々の暮らしは、湖の美しさに負けないくらい僕の心を鷲掴みにしてくれました。安全面を考えると決してオススメ出来る国ではありませんが、そのリスクを冒してでも来る価値はあると思います。

明日からはいよいよ南米!再び、一人の旅が始まります。ここ1週間はエリベルトに頼りっきりで、その後を追い掛けているだけの旅でしたが、ここからはガイドブックもある事だし、もっと自分の力で旅をしたいと思っています。

待ってろよ!ベルー!そして、南米!