2006/1/21


今日のバスのおやつ。(顔は食べられません)

今日は念願のミイラを見て来ました。しかし、僕がお目当てにしていたミイラの「フワニータ」は、何処かに持ち出されているらしく、残念ながら見る事が出来ませんでした。昨日、街のツーリストインフォメーションに場所のフワニータの眠るアンデス聖地博物館の確認をしに行った時も、お姉さんが英語でそんな事を言っていたので薄々気付いてはいたのですが、やはり本物のミイラを見た後となると、もっと保存状態のいいフアニータというミイラを見てみたくなりました。

この博物館はもの凄く小さいのにガイド付きではないと中に入る事が出来ず、もちろん撮影もNG。荷物は全て預けなければなりません。まず、ナショナルジオグラフィックが作ったミイラ発見に至るまでのドキュメンタリーを30分程見て、ある程度の情報を仕入れた後に、館内を巡り、最後にミイラと対面しました。

発掘された時と全く同じ温度で保存されたそのミイラは服を来た状態で体育座りをしていました。歯や髪の毛もそのまま残っており、顔は骨でしたが不思議に表情がある様に見えました。そのミイラは、今から500年前にアレキパ周辺の火山の噴火を沈める為に、生け贄として神に捧げられた10代の子供でした。

生け贄にされた子供達の中で何故、フワニータが凄いのかというと、彼女が最も高い山の上に埋められていたからです。最も神に近い位置に埋められていたフワニータは生け贄の中でも特別な存在だったと言われており、容姿も端麗な少女だった様です。そして、最も標高の高い位置に埋められていた為、顔の皮膚が完全に残っています。映像で見たフアニータは本当に生きている様でした。本物が見られなかったのが本当に残念ですが、一応、ミイラを見れたと言う事で、満足する事にしました。


Manasterio de Santa Catalina

しかし、僕はミイラよりも、もう一つの観光スポットである「サンタ・カタリーナ修道院」で、たっぷり2時間も遊んでしまいました。アレキパの街のど真ん中にあるこの修道院は、30年前まで実際に修道院として使われていた所で、高い塀に囲まれたその内部は迷路の様に道が張り巡らされ、完全に一つの町になっていました。とにかくデカイ。


本当に色々な部屋があります。

一つ一つの部屋の中にも入る事が出来、そこには当時の生活がそのまま置き去りになれた様に残っていました。どの部屋も奥にあるキッチンから中庭の様な所に出る作りになっているのですが、そこからは僅かに空が見えるだけで、屋上へあがる階段は全てコンクリートで塞がれていました。ひたすら神に祈りを捧げる為にだけ生きていた彼女達は、この空を見上げて何を思っていたのだろうか?


全てそのまま残っている。

男子禁制の修道院は所々に女性っぽいなと感じられる色使いやデザイン、内装が施してあり、僕にとっては何もかもが新鮮に感じられました。彼女達はこの閉ざされた空間を最大限に利用して、外の世界と同じ世界を作り出していました。多分、それは寂しさを紛らわせる為の手段だったのだと思います。セントロのすぐ裏にあるのに、中へ入ると殆ど街の音が聞こえず、ひっそりとしています。神に祈りを捧げるにはいい環境かもしれないけど、その分、孤独は身にしみるモノがあったと思いちょっと心が痛みました。ある意味、完全に塀が無い今の僕とは正反対の環境にいた彼女達ですが、孤独という意味では何となく共感出来る所があり、質素で薄暗い部屋を覗いては、何となく自分の心の中を覗いている様な気分になりました。禁断の花園に足を踏み入れた僕は迷路の様に回廊が入り組むこの修道院の中をひたすら歩き回っていました。


迷路の様な街並。

今日は宿に荷物を預けてバスまでの時間を潰そうと考えていたのですが、寝坊してチェックアウト時間までに荷造りを終える事が出来ず、結局、2泊分払う事になってしまいした。しかし、夕方になって大雨が降り出したので、結果的に良かったかなとバスまでの時間をホテルでゆっくり潰しています。

次の目的地はクスコ。ここはかの有名な世界遺産「マチュピチュ」へ向う基点の街です。コンドル、ミイラと来た後は、いよいよマチュピチュです。出来るだけじっくり見たいので、取りあえずクスコの日本人宿に泊まって、一番いい方法を聞いて来ようと思っています。クスコは標高3360m。またまた高山病に注意しなければならないので、ちょっと余裕を持ってマチュピチュにアタックしたいと思っています。